
訪問介護では、職員が利用者や家族の自宅を訪問し、一人でサービスを提供する場面も少なくありません。暴言や威圧的な言動、契約範囲を大きく超える要求などがあった場合、職員だけで判断・対応することには限界があります。
今回の法改正では、カスタマーハラスメントを職員個人の問題として扱うのではなく、事業所が組織として対応するための体制を整えることが求められます。
厚生労働省の公表資料から見るカスタマーハラスメント対策義務化
ここからは、厚生労働省が公表している改正法・指針・リーフレットの内容を要約して紹介します。
2026年10月1日からすべての事業主が対象に
2025年6月11日に改正労働施策総合推進法等が公布され、2026年10月1日から、カスタマーハラスメントを防止するために必要な雇用管理上の措置を講じることが、すべての事業主に義務付けられます。訪問介護事業所も対象です。
職場におけるカスタマーハラスメントとは
厚生労働省の指針では、次の3つの要素をすべて満たすものを「職場におけるカスタマーハラスメント」としています。
- 顧客等による言動であること
- 労働者が従事する業務の性質などに照らして、社会通念上許容される範囲を超えた言動であること
- その言動によって労働者の就業環境が害されること
「顧客等」には、顧客や取引先のほか、施設・サービスの利用者とその家族、事業に関係する人なども含まれます。
職員が業務を行う利用者宅も「職場」に含まれるため、訪問先で利用者や家族から受けた言動も、上記の3要素をすべて満たす場合にはカスタマーハラスメントに該当します。電話やSNSなど、インターネット上で行われるものも対象です。
社会通念上許容される範囲を超えた言動としては、次のような例が示されています。
- 暴行や傷害などの身体的な攻撃
- 脅迫、侮辱、暴言などの精神的な攻撃
- 威圧的、継続的、執拗な言動
- 居座りや監禁などの拘束的な言動
- 契約で想定しているサービスを著しく超える要求
- 対応が著しく困難または不可能な要求
- 不当な損害賠償要求
ただし、利用者や家族から寄せられる苦情や要望のすべてが、カスタマーハラスメントに該当するわけではありません。社会通念上許容される範囲で行われる正当な申し入れとは、分けて判断する必要があります。
また、障害を理由とする不当な差別的取り扱いをしないよう求めることや、合理的配慮を求める意思を表明すること自体は、カスタマーハラスメントには当たりません。
事業主に義務付けられる主な措置
厚生労働省の指針では、事業主が講じなければならない措置として、主に次の内容が示されています。
- カスタマーハラスメントに対して毅然と対応し、職員を保護する方針を明確にして、職員へ周知する
- カスタマーハラスメントの内容と、発生した場合の対処方法を職員へ周知する
- 相談窓口を定め、相談内容や状況に応じて適切に対応できる体制を整える
- 事実関係を迅速かつ正確に確認し、被害を受けた職員への配慮と再発防止に取り組む
- 特に悪質なカスタマーハラスメントへの対処方針を定め、実際に対応できる体制を整える
- 相談者等のプライバシーを保護する
- 相談や事実確認への協力などを理由に、不利益な取り扱いをしないことを職員へ周知する
以上が、厚生労働省の公表資料で示されている主な内容です。

訪問介護事業所が今から準備したい5つのこと
厚生労働省の指針を踏まえ、訪問介護事業所が施行日までに確認・準備しておきたいポイントを5つに整理しました。
1.事業所の基本方針を文書にする
まずは、カスタマーハラスメントに対する事業所の基本方針を文書にしましょう。
例えば、次のような内容を明確にします。
- カスタマーハラスメントに対して毅然と対応すること
- 職員の安全と尊厳を守ること
- 問題を職員一人に抱え込ませないこと
- 事業所として事実確認と必要な対応を行うこと
- 相談者に不利益な取り扱いをしないこと
方針を作成しただけで終わらせず、会議や研修などを通じて、管理者・サービス提供責任者・訪問職員の全員が確認できるようにすることが大切です。
2.相談先と報告の流れを決める
訪問先で問題が起きたときに、「誰へ相談すればよいのか」が曖昧だと、職員が一人で抱え込んでしまう可能性があります。
次のような点を決めておきましょう。
- 最初に報告する相手
- 管理者が不在の場合の相談先
- 緊急時の連絡方法
- 夜間や休日に問題が起きた場合の対応
- 法人本部や関係機関へ報告する基準
「カスハラに該当するか分からない」という段階でも相談できるようにしておくことが重要です。
また、職員に対して「相談したことで不利益な取り扱いを受けることはない」と明確に伝え、相談しやすい環境をつくりましょう。
3.訪問介護の場面に合わせた対応マニュアルを整える
基本方針を実際の対応につなげるため、訪問介護の業務に合わせた対応マニュアルを整備しておくとよいでしょう。
例えば、次のような場面を想定します。
- 利用者や家族から暴言を受けた
- 威圧的な態度や性的な言動があった
- 契約に含まれないサービスを繰り返し要求された
- 長時間引き止められ、退出できなくなった
- 撮影をやめるよう求めても撮影が続けられた
- SNSへの投稿を示唆された
- 身体的な危険を感じた
マニュアルには、次のような内容を盛り込むことが考えられます。
- その場での基本的な対応
- 危険を感じた場合の退出方法
- 管理者への報告手順
- 複数人訪問などへ切り替える判断基準
- サービス提供方法の変更や、契約上の対応を検討する基準
- 内容に応じて、ケアマネジャー、市区町村、警察、弁護士などへ相談する基準
担当職員だけに判断を任せず、事業所として対応を決定する仕組みにしておくことが重要です。
4.マニュアルを使った職員研修を行う
マニュアルを作成しても、職員が内容を理解していなければ、実際の場面で活用することはできません。
研修では、次のような内容を扱うことが考えられます。
- カスタマーハラスメントと正当な苦情の違い
- サービス範囲を超える要求の断り方
- 暴言や威圧的な言動を受けた場合の対応
- 危険を感じた場合の退出・連絡方法
- 管理者へ報告するタイミング
- 利用者や家族へ伝える際の言葉の選び方
実際の訪問場面を想定したロールプレイを取り入れると、対応手順をより具体的に確認できます。
なお、研修を実施するだけで、法令上求められる措置をすべて満たせるわけではありません。研修は、事業所の方針や対処内容を職員へ周知し、対応の実効性を高める方法の一つとして活用しましょう。
5.発生内容を記録し、情報共有できる仕組みを整える
カスタマーハラスメントが疑われる事案が発生した場合は、そのときの状況や対応経過を記録として残しておくことをおすすめします。
記録する項目の例は次のとおりです。
- 発生日時・場所
- 利用者や家族などの関係者
- 実際にあった発言や行動
- 発生前後の状況
- 対応した職員
- 職員が行った対応
- 管理者への報告日時
- 事業所が行った対応
- 今後の対応方針
「ひどいことを言われた」「怖い思いをした」といった印象だけでなく、実際の言動や状況をできるだけ具体的に記録します。
記録を残すことで、事実関係の確認や担当者間の情報共有、再発防止策の検討に役立ちます。また、複数人訪問への変更やサービス提供方法の見直しなど、事業所として今後の対応を判断する際の材料にもなります。
記録した内容には個人情報や相談者のプライバシーに関わる情報が含まれるため、閲覧できる職員の範囲や保管方法もあわせて決めておきましょう。
施行日までに確認したい実務チェックリスト
2026年10月1日の施行に向けて、次の項目を確認してみましょう。
- カスタマーハラスメントに対する基本方針を作成した
- 基本方針と対処内容を職員へ周知した
- 職員が相談できる窓口を決めた
- 相談窓口の担当者と対応方法を決めた
- 緊急時を含む報告・連絡の流れを決めた
- 悪質な事案への対処方針を決めた
- 訪問介護の場面に合わせた対応マニュアルを整備した
- 職員研修やロールプレイを実施した
- 発生時に使用する記録様式を準備した
- 相談者のプライバシーを守る方法を決めた
- 相談を理由に不利益な取り扱いをしないことを周知した
- 記録の保管方法と情報共有の範囲を決めた
現場の職員へ周知しておきたいこと
事業所の体制を整えるだけでなく、現場で働く職員へ次の点を伝えておくことも大切です。
- 我慢し続ける必要はないこと
- 危険を感じた場合は、自分の安全を優先してよいこと
- カスハラに該当するか分からない段階でも相談してよいこと
- 相談や報告によって不利益な取り扱いを受けないこと
- 一人で抱え込まず、事業所へ報告すること
利用者や家族との信頼関係を大切にすることと、職員の安全や尊厳を守ることは、どちらも欠かせません。
まとめ
2026年10月1日から、カスタマーハラスメント対策がすべての事業主に義務付けられます。
事業所には、方針の明確化と周知、相談体制の整備、発生後の迅速な対応、悪質な事案への対処体制、プライバシーの保護などが求められます。
訪問介護事業所では、法令上の措置を現場で実行できるようにするため、基本方針、相談・報告の流れ、対応マニュアル、職員研修、記録・情報共有の仕組みを整えておくとよいでしょう。
カスタマーハラスメントを「現場の職員が我慢する問題」にせず、事業所全体で対応できる体制を整えることが、職員の安全と継続的なサービス提供につながります。
🏛️ カスタマーハラスメントに関する相談窓口
カスタマーハラスメント(カスハラ)に関する公的な相談窓口として、全国の労働局や労働基準監督署内にある「総合労働相談コーナー」が利用できます。
